シャトル事故について、言いたいこともあれこれあったのだけども。
なんか、もううまく書けないんでとりとめもなく。
率直なところ、なんというか・・・もの凄いショック。
事故原因が100%究明されていない段階では、憶測と推測でしか語れないから。
今はまだ、情報を収集・整理する段階だから、うまくこの事故に対する自分の感情を書くことができない。
「OV-102」コロンビアのページは、事故直後にこう書き換えられていた。
Crew and Vehicle lost during landing 2/1/03
「NASAの迅速な対応」というものに、なんか言いようの無い気分になる。
ネットの「即応性」というものは、いいんだか悪いんだかわかんないね。
事故そのものへの評価はともあれ、現時点で1つ言えることは、宇宙開発だけは(それが軍事と不可分のものだということも重々承知で)停滞せず、より前へ、高みへと進んでほしい。
いや、進まなければならない。
それが、失われた人命に対する、生者ができる唯一の追悼ではないのか?
ここで宇宙開発が停滞、あるいは歩みを止めてしまうことこそ、亡くなられた7人への最大の冒涜だ。
彼らは、それが「命懸け」であることを「承知」の上で、宇宙を目指したのだから。
飛行機の事故発生確率と比較して、「あまりに高い数値」と評したニュースを見た。
あの大気圏再突入フェイズの中「脱出手段は無いのか?」と語った人がいた。
その人たちはよほどの馬鹿か、安全ボケした人間なのだろう。
宇宙へ行くことと、飛行機で東京からニューヨークへ飛ぶ事を同次元で語る事は、エベレストにハイキング気分で登山するのに等しい感覚だ。
そして、飛行機が初めて空を飛んで今年でちょうど100年。
しかしいまだに飛行機は事故を起こし続けている。
たった22年、100回少しの打ち上げ回数、そして世界初にして、唯一の技術。
その中で「2回しか」致命的な事故は無かった。
これを「しか」ととるか、「も」ととるかは異論様々だろうけれども。
あえて「しか」と俺は言いたい。
今の宇宙開発は、コロンブス(奇しくも、失われたシャトルの名前は彼に由来する)が大西洋を超え、新大陸を発見した時代の遠洋航海と同じレベルなのだ。
新大陸を発見した彼は、自分が「安全に」その探検から戻れると思っていたのか?「安全」を求めるのならば、彼は決して大西洋を超える事はなかったに違い無い。
そこには常に「命の危険」がついてまわる。
最初に「安全」があったわけではない。
「安全」などというものを人類が手に入れた(という幻想を抱いた)のは、おそらく20世紀以降、第2次世界大戦からさらに後の事だ。
まず「危険」があり、そこを命懸けで切り拓いた人々がいて。
そうして拓かれた場所に、後から「安全」と「繁栄」が築き上げられたのだ。
今回の事故を語る時、「安全」という名の幻想を排して物事を語らなければいけない。
そう強く感じる。
「宇宙」に「安全」などは無い。
そこは「安全」という幻想を頑なに拒絶する「未開の荒野」なのだから。
しかしながら、あえてこの事実も書き添えておく。
実際のところ「宇宙と地上を往復できる次世代宇宙輸送システム」として構築されたスペースシャトルは、60年代に構想され、70年代に設計・製造された輸送機だということ。
「最先端技術の結晶」との認識があるが、それは大間違いだということ。
その基本アーキテクチャは、もう30年以上も前の「前時代的な」ものだということ。
「再利用可能」であるが、それが「低コスト」ではないということ。
実際、ロシアのシャトル「ブラン」は、無人打ち上げの成功までしながら、結局のところ実用化されることは無かった。
人を打ち上げるのであれば、ロシアのソユーズが。
貨物を打ち上げるのであればフランスのアリアンが。
それぞれ低コストかつ高い信頼性と実績を誇っている。
(日本の「H2」の名前もここに併記したかったが、現実にはできないのが日本人としてつくづく残念だ)
シャトルの現実は、「夢の宇宙往復機」とはほど遠いところにある。
現在のシャトルは「扱いが難しく」「金食い虫」の「未熟な技術」という段階でしかないのだ。
シャトル計画そのものの、抜本的な見直しが迫られている。
ISS(国際宇宙ステーション)建設は、シャトル抜きには行えない計画だが、逆を言えば「シャトルが無ければ成り立たない」計画だとも言える。
宇宙ステーションの建設にシャトルが不可欠なのか?
その答えは、かつて唯一のステーションであった「ミール」がシャトル抜きで建造/運用された事が物語っている。
ISS、そしてそれ以降の地球外施設について、建造・運用面で見直しが必要だろう。
それでもやはり「唯一の宇宙往復機」として存在し、稼働・運用されてきた事実は、高く評価されなければならない。
問題は、(事故も含めて)ここまで築き上げてきたものを、いかに「次」へフィードバックするかだ。
「シャトル」という名の「夢」はもう無い。
「現実的」な宇宙輸送システムが、今、切実に必要とされている。
最後に。
栄誉あるシャトル打ち上げ1号機である「OV-102」コロンビアと、その7人の乗組員に。
「宇宙」という、フロンティアに挑んだ勇気と情熱に。
最大限の敬意を込めて。
謹んで、ご冥福をお祈りいたします。