岡村靖幸が、覚醒剤所持でパクられたとのニュースを聞いて。
「ああ、やっぱり」
と思う。
ブッチー長渕しかり、フリチン尾崎といい。
シャブでつかまるアーティストって、歌の中に「なにかヤバい感じ」というか、自意識過剰すぎな感じがプンプン漂っていて。
振り返った時に「ああ、やっぱり」とえてして思うものだ。
身を切るような切実な自己表現は、過大な自意識と表裏の関係だ。
それはとても緊張を強いる。
身を切るような表現で「食ってる」プロである以上、彼らはいつでもその身を切るような、ギリギリの不安定な場所に立たなければならない。
そして、その過大な自意識が脆弱である者にとって、そのような状態を続けていくためにはなにかに耽溺しなければやってらんない。
そしてなにかに依存していくようになる。
だけどどのような創作物も、その創作者の内面の投影ではあっても、あくまで「創作」であり。
「自分そのもの」との間に一線を引かなければならない。
創作物と自分自身を相対化しなくてはならない。
そうでなければ、殺人者の心理を描くには、本当に人を殺さなければならなくなってしまう。
それができて、はじめて「プロ」だろう。
プロとアマチュアの境目は、才能の有無や技巧の上下ではなく、そこにこそある。
だからそんなものに振り回された挙げ句、麻薬に耽溺したアーティストとは「その程度のもの」でしかない、とはっきり言う。
プロとして、失格とまでは言わないけど「その程度」なんだと。
・・・って、エラそうにこんな事書いてる自分だって。
三十路を超えたいい歳してんのに、色々なものに耽溺して、依存して、脆弱で過剰な自意識に振り回されながら、
なんとか日々を生きている。
それが合法か、非合法か。
単に「法律」という境界線のこちらと向こうにいるだけの違いでしかない。
だから咎められる筋合いではないのは承知していても。
でも「俺も下手したらそっち側に立ってワッパかけられてたかもしんない」ギリギリの所で生きてるから、余計になんだか腹立たしい。
単なる、自己嫌悪の一種といってしまえばそれまでだけど。
それにまぁ、結構好きなんだけどね、岡村ちゃんの歌。
エロくてw
だからちょっとガッカリなのよ。
#ちなみにブッチーもフリチンも好きですよ。
CD持ってるし、カラオケで歌うし。ファンの方、誤解なきように。
ファン心理に対する俺の考え方はこの日の日記に書いてありますんで。
実はあんまり知らなかった<岡村康幸
でもウチの嫁がファンでOH!ベストとか家庭教師とか勝ってにカーステでかけるもんだから自然と聞くようになったんだけど..
絶対やばいこの人と思っていた.
嫁に「ファンとしても時間の問題だと思っていたんでしょ」って言ったら
「それを言うなー!」って肯定してました.
あちこちのblog読んでも軒並みこんな反応ばっかりだ.
やっぱ、みんな薄々そう思ってたんですね・・・w
モノを創る端くれとして「何かの力に頼る」のは負けだと思うけど、
どうやっても「誰かの何か」になってしまうとか「全然気持ちとフュージョン」しない時は、もう死ぬ苦しみだからねぇ・・・w
そんなことで苦しみから解放されるならなんて・・・ねw
でも屈した時点で満足できるかどうか・・・。
いやいややってないですよ何も(´Д`;)