STELLA仮店舗は小惑星探査機「はやぶさ」の2010年地球帰還を全力で応援しています (`・ω・´ガンガレ !!
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今日のはやぶさ (JAXA)

元サザン・大森容疑者、覚せい剤・大麻所持で逮捕
神奈川県警暴力団対策課は11日、人気バンド「サザンオールスターズ」の元ギタリストで、ミュージシャン大森隆志容疑者(49) (横浜市中区打越)を覚せい剤取締法違反と大麻取締法違反の現行犯で逮捕した。
調べによると、大森容疑者は同日午後、自宅の寝室に覚せい剤約10グラムと乾燥大麻約40グラムを隠し持っていた。 同課は数か月前から、 内偵捜査を行い、同日、同区内の事務所と自宅を捜索した。
あーやれやれ、っつーかもうまたかよ。。。。
ミュージシャンで、シャブに手ぇ出すやつ多すぎ。
まぁ「セックス&ドラッグ&ロックンロール」ですんで、ドラッグばキメて飛んじゃってもいいんってつもりなのかもしんないけどさあ。
そういう時代は、もうとっくのとうに過ぎてるわけよ。
'60年代ぐらいに?
「ドラッグなんかなくても、ロックンロールがあればハイになれる」って、甲本ヒロトも言ってんじゃん。
見てみろよ、あのヒロトのナチュラルな飛びっぷりをよ。
あれこそがロックンローラーだぜ。
しかも日本でシャブして捕まるミュージシャンの、なんともショボいことよ。
ジム・モリスンやら、シド・ビシャスぐらい破滅的でもなく、なんかショボショボと煮詰まった挙句に逃避して一発キメてるだけで。
その力借りて、派手に飛んで、弾けてみせるわけでもなく。
そんなんじゃ、やさぐれた中年オヤジのクダ巻き酒と一緒じゃねぇか。
シャブまでキメてみるぐらいなら、それ相応に飛んでみせやがれ。
あー、まったくヘタレたニュースで頭にきやがる。
アップル、iTMSを日本で開始――100万曲・中心価格150円でスタート(ITmedia)アップル、iTMSを日本で開始――100万曲・中心価格150円でスタート
アップルコンピュータは、かねてより話題となっていた音楽配信サービス「iTunes Music Store」の日本でのサービス開始を発表した。開始時から100万曲を用意し、中心価格は150円。
iTMS キタ━━━━━━(゚∀゚)━━━━━━!!!!
しかも、中心価格「150円」!!
低音質で携帯から持ち出せない&メモリカードにも書き出せない「着うたフル」とかいう、トンチキなモンを、1曲350円なんかで買ってる場合じゃねぇよコレ!!
というわけで。
Moraだの、あんだのと、ITMSが日本で開始されないことをいいことに、ふざけんな馬鹿な値段で音楽配信してやがる数多の有象無象の小童日本音楽配信ビジネス(という名の暴利サービス)どもは。
これで徹底的に駆逐されるか、配信価格下げるなどして生き残りに必死になってくれ給へ。
嗚呼、愉快、愉快。
諸君!!
この一歩は、小さな一歩だが。
勝利と栄光の日に向けての確実な一歩である!!
勝利の栄光を我らに!!
ていうか東芝EMI!!
お前らいいかげんにCCCD正式中止&CDでの再発しやがれ!!
俺がCCCDによるCD不買運動をはじめるきっかけになった、椎名林檎の「加爾基 精液 栗ノ花」。
いい加減聞きたいんじゃ!!(`Д´" ←CCCDなので買ってない&聞いてない人
岡村靖幸が、覚醒剤所持でパクられたとのニュースを聞いて。
「ああ、やっぱり」
と思う。
ブッチー長渕しかり、フリチン尾崎といい。
シャブでつかまるアーティストって、歌の中に「なにかヤバい感じ」というか、自意識過剰すぎな感じがプンプン漂っていて。
振り返った時に「ああ、やっぱり」とえてして思うものだ。
身を切るような切実な自己表現は、過大な自意識と表裏の関係だ。
それはとても緊張を強いる。
身を切るような表現で「食ってる」プロである以上、彼らはいつでもその身を切るような、ギリギリの不安定な場所に立たなければならない。
そして、その過大な自意識が脆弱である者にとって、そのような状態を続けていくためにはなにかに耽溺しなければやってらんない。
そしてなにかに依存していくようになる。
だけどどのような創作物も、その創作者の内面の投影ではあっても、あくまで「創作」であり。
「自分そのもの」との間に一線を引かなければならない。
創作物と自分自身を相対化しなくてはならない。
そうでなければ、殺人者の心理を描くには、本当に人を殺さなければならなくなってしまう。
それができて、はじめて「プロ」だろう。
プロとアマチュアの境目は、才能の有無や技巧の上下ではなく、そこにこそある。
だからそんなものに振り回された挙げ句、麻薬に耽溺したアーティストとは「その程度のもの」でしかない、とはっきり言う。
プロとして、失格とまでは言わないけど「その程度」なんだと。
・・・って、エラそうにこんな事書いてる自分だって。
三十路を超えたいい歳してんのに、色々なものに耽溺して、依存して、脆弱で過剰な自意識に振り回されながら、
なんとか日々を生きている。
それが合法か、非合法か。
単に「法律」という境界線のこちらと向こうにいるだけの違いでしかない。
だから咎められる筋合いではないのは承知していても。
でも「俺も下手したらそっち側に立ってワッパかけられてたかもしんない」ギリギリの所で生きてるから、余計になんだか腹立たしい。
単なる、自己嫌悪の一種といってしまえばそれまでだけど。
それにまぁ、結構好きなんだけどね、岡村ちゃんの歌。
エロくてw
だからちょっとガッカリなのよ。
#ちなみにブッチーもフリチンも好きですよ。
CD持ってるし、カラオケで歌うし。ファンの方、誤解なきように。
ファン心理に対する俺の考え方はこの日の日記に書いてありますんで。
実はあんまり知らなかった<岡村康幸
でもウチの嫁がファンでOH!ベストとか家庭教師とか勝ってにカーステでかけるもんだから自然と聞くようになったんだけど..
絶対やばいこの人と思っていた.
嫁に「ファンとしても時間の問題だと思っていたんでしょ」って言ったら
「それを言うなー!」って肯定してました.
あちこちのblog読んでも軒並みこんな反応ばっかりだ.
やっぱ、みんな薄々そう思ってたんですね・・・w
モノを創る端くれとして「何かの力に頼る」のは負けだと思うけど、
どうやっても「誰かの何か」になってしまうとか「全然気持ちとフュージョン」しない時は、もう死ぬ苦しみだからねぇ・・・w
そんなことで苦しみから解放されるならなんて・・・ねw
でも屈した時点で満足できるかどうか・・・。
いやいややってないですよ何も(´Д`;)
サザンの英語カバーアルバム「mid-summer blossoms」(ちなみに名曲「真夏の果実」の洋題ね)。
長らく廃盤になっていたんだけど「1」?「3」までまとめて
「all of mid-summer blossoms」として、今月27日に復刻されるそうな。
俺もこれ「1」「2」だけカセットテープで持ってんですが。
BGMというか、日曜の昼下がりとかにダラーっとかけ流しておくにはとてもいいアルバムなんだよね。
んでもって、発売元はサザンのお膝元ビクターじゃなく、ソニーレコードからだそうで。
これはカバーして歌ってるアーティストの所属とか、著作権がからんでんかね?(・w・;
まぁともあれ、素直にここは喜んでおくか。
CD持ってなかったんで、いい機会だから購入の予定。
CCCDとかいうクソったれなもののせいで、かれこれ2年もCDを1枚も購入してなかった俺が、久々に買ったCD。
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俺、正直言って日本のhip-hopとかって嫌いだったんですよ。
なんつーか「エセ黒ん坊」きどりの、口の聞き方知らないヤクの売人くずれみたいな連中が調子こいてんのがムカムカしてたっつーかw
んでもまぁ、ようはそういう「Yo! Yo!」とかゆってる、クサレた連中が嫌いなだけで。
別になんでもいいんすよ。
「良い歌」であれば、ジャンルなんかなんでも。
元来、俺って友人に言わせると「無節操」な音楽の聴き方してる人間だしさw
んで、ケツメイシは別に好きでもなんでもなかったんだけど、この曲はFMで流れてるの聴いて、一発でヤラれました。
俺にとって「良い歌」ってのは、そこで歌われる「情景」なんでしょうな。
それが例え荒んだものであれ、精神の荒廃しきったものであれなんであれ。
聴いた瞬間にこう、鮮烈に「ヴィジョン」が脳裏に浮かび上がってくる歌。
それが「良い歌」です。
でもって、この「さくら」は初めて聴いたその瞬間、鮮烈にそれが浮かび上がってきました。
かれこれ今から4年前。
多摩川台公園で咲き乱れる桜を見に行った時の、あの情景、その時の記憶。
それが、まるでフラッシュバックのように鮮烈に蘇ってきて、泣き崩れましたさ。ええ。
名曲ですね、コレは。
なにしろ、CCCD全廃までCD不買運動続けるつもりだった俺が、それを破って買ったぐらいに。
DRM(著作権保護)無し、ベタ、素のMP3で、かつ192Kbpsのビットレートで、1曲0.88ドル、アルバム1枚8.88ドルで販売するサービスが開始。
囲い込みなし、ユーザーへの不便無し、かつ安価。
いやもう最高。
音楽配信ビジネスの、ユーザーからみて「あるべき姿」がこれだと思うな。
日本の音楽配信ビジネスの、1曲300円近い値段設定って、一体なんなんだ?と思う。
レンタル屋でアルバム1枚レンタルできる値段で、誰がダウンロードして楽曲を買うと思ってるんだかね。
日本でもやってくんないかなぁ、こういうの。
私はには「パッケージ」がないとイヤなので、こういうデータ販売の場合は本当にお試し視聴価格で販売されないと多分買わないと思います。なので上記の0.88ドルっていいな?。
日本にもほしいね(*´д`*)
僕も基本的に「ノンパッケージ」はあまり好きじゃないです。
好きな曲であればあるほど、パッケージってものがほしくなります。
でもまぁ、なかには「ダビングでいいか」程度の曲なんかもあったり、「お試し」で聴いてみようというのもあって。
そーいうのはノンパッケージな、ダウンロード購入でもいいかな?という気になります。
0.88ドル、日本円で100円弱・・・やっぱこれぐらいじゃなきゃ、1曲270円で低ビットレートのWMAなんか買えねぇよって思いますです。
引っ越して1ヶ月。
やっと音楽が聴けるようになったよ!!
・・・っていうかー、配線とかめんどくさいじゃないですかぁ。
おまけにステレオ(ONKYO の単品コンポ)の方はいまだ未配線。
東京から札幌に移る時に、自宅にあったCD(推定200枚以上)を全部MP3にしてぶっこんだ外付けHDDを、PCに接続しただけという体たらくなんですけどね。
いやほら、俺もうCDなんか2年近く1枚も買ってないし。
買わなくなった理由は、CCCDで。
最近ようやっとソニーとavexがCCCD撤退しましたが。
東芝EMIはCCCD撤退宣言してないし。
なにより、今までCCCDでリリースされたアルバム、CDで出し直すとかする気ないっぽいし。
もう、そんな感じで、CD不買運動継続中ですよ。
二次大戦で言えば、ソニーとavexの撤退なんて、イタリア陥落程度であって。ナチス第3帝国と日帝はいまだ健在って感じですよ。ええ。
でもって、なんか久々に(MP3でだけど)音楽聴いてると「ああ、音楽って本当にいいですね」(C)水野閣下と思うわけです。
「NO MUSIC,NO LIFE」ですな。
何考えてんだよっ!!(`Д´=3>昨日の俺
そういうの大好き!(*´3`*)
■昨日はお休みで、洗濯なんぞしとったわけですが。
どうにもこう、頭痛がしまして。
頭全体がこってるよーな、首筋がズキズキするよーな。
#「痛いの痛いの飛んでいけ」が飛んできたというウワサもありますが
(至極一部にしかわからないネタw)
晩飯つくって(スープカレー作りますた、なかなか美味)。
食って、洗濯の残りをチマチマやっつけつつ、ウダウダしてたんですが。
ビール1本飲んだあたりで、今度はえずきはじめてきて「うわー、なんか身体全体がヘロってないか?」と思い。
軽く仮眠のつもりで掛け布団だけひっかけて横になってたら、朝まで寝てしまったという罠。
おかげで頭痛はおさまりましたが。
どうやらこれって「夏バテ」ってやつですかね?
実際、夏バテって今まで一度もなったことないから、よくわかんないんですが。
「自律神経系がアレなことになって、身体全体がヘロヘロ」って感じなので、多分そうではないかと思われ。
おかしいなぁ・・・こないだ3千円もする鰻食ったのによぅ。
みなさま、今年は猛暑ゆえご自愛くださいませ。
■クソッタレでファッキンでサノバビッチでシットでガッデムな「CCCD」のおかげで、1年半以上、1枚もCDを買っていない俺なのですが。
その「CD買いたくねぇ」衝動をくつがえすような、凄いCDを発見。
今、Countdown TVを今観てたら「恋人にしたいアーティスト」ランキングをやってたんですが。
1位が浜崎あゆみってのは・・・いかがなものかと?
いや、浜崎が好きとか嫌いとかそーいう問題ではなく。
アレを彼女にできるだけの甲斐性が君たちにあるのか?と。
俺は萎縮して、絶対ダメですな。
最近、「プライド」効果なのか知らんが、微妙にクイーンの音楽の露出が多くなってきた。
トヨタのCMで「キラー・クイーン」が使われてたり。
まぁ、前から「We are the championg」とかは、あっちこっちでよく流れてたけど。
で、「尻馬に乗ってやれ」と本当に浅はかで、最近じゃ「過去の曲を掘り返すことでしか利益をあげられなくなった」バカ野郎ども(別名「日本のレコード会社」)が、案の定クイーンのベスト盤的アルバムを出したわけですよ。
それもCCCDで。
ザケんな、と。
んでもってクイーンのギターリスト、ブライアン・メイに日本人のリスナーが「これってどう思うよ?」とメールして、メイから返ってきたメールがちと話題に。
まぁ概要は「音楽配信メモ」の1/16付け記事をば。
で、Amazon.co.jpの売上ランキングを見ると「輸入版ベスト」(もちろん Not CCCD だ!)の方が、ドラマの尻馬にのったクソ CCCDよりも売れてる。
素晴らしい。
つか、俺はいまだに日本のレコード会社が CCCD に固執しつづけている意味も、メリットも何1つ理解できない。
やつらにはマトモな一般感覚が欠落している、と断じるしかない。
まぁAmazonのチャートは、街のCD屋のそれとは異なる(「もえたん」がバカ売れしてる街の本屋なんか見たことねぇしw)ので「メジャーな動向」とは言いがたいけど(ネット限定ではメジャーだけど)。
「プライド」が悪いとは言わん。
てか、あれ観て「あ、このOPの曲カッコイイね。なんて曲?」ってクイーンに興味持ってもらうのは大歓迎だ。
いや、実際あのOPはカッコイイよ。
(本編は・・・・まぁ・・・・その・・・・そこは個人の好き好きってことでw)
ただ、そういう場合はできればドラマの尻馬にのってるクソCCCD盤は買わずに、過去に出てるベスト盤(国内盤もあるでよ)を買っていただきたい。
っつーわけで、このネタはあえて「音楽」じゃなく「ドラマ」の方に分類しておく。
◆一昨日の夜は、鬱屈しながら「27時間テレビ」なんぞを観てたわけですが。
サザンの「音楽寅さん」復活と、鎌倉・建長寺のシークレットライブは大変楽しませていただきました。
とりあえず「愛の言霊」演ってるとこなんか観てると、この曲ってば「日本人による日本語のロックンロール」の1つの「答え」だなぁと思いましたよ。
実に「雅(みやび)」なり。
いや、それにしても再始動だけに、やたらテンション高かったっす。
「ドタキャンするぞ、オラァ!」とか連呼してるしw
あとこのライブ、ファンを集めて「鎌倉クリーン作戦」ってことでゴミ拾いをみんなでしようって主旨で人を集めたそうで。
建長寺に到着するまで、集まった人たちにはライブがあること全く知らされてなかったそうな。
どうりで、客席も異常にテンション高いはずだよ。
俺なら「うっそ?まじ?やべぇ?(今風)」と叫んで卒倒してたかもしらんw
あと新曲の「涙の海で抱かれたい〜SEA OF LOVE〜」も初お披露目でしたが。
んん〜・・・まぁ正直あんまピンとこない(汗
なんつーか「こなれて手堅くまとめた感じ」ですなぁ、正直。
というか、今の俺の心境ではこの手のラブソングが響いてこないだけ、ってだけかもしれませんが。
んでもって、サザンのライブを観て思う。
「あぁ、もうすぐ夏なんだねぇ」と。
◆夏といえば。
この2、3年というもの、夏は俺にとって「鬼門」です。
ロクな思い出がありゃしません。
なにかここまでくると、どっかの誰かがなにか俺の人生に干渉してる気がしてきます。
そのどっかの誰かがどんなヤツかはしりませんが。
例えば「神」という名で呼ばれてる野郎かもしれませんが、どんなヤツであれ、会ったら本気で殴り殺してやるぐらい、ロクなことがない季節。
ランボー風味で言うとこの「地獄の季節」。
それが「夏」。
◆話変わって。
2018年4月12日までに、軌道エレベータを運用するという計画がマジで持ち上がってるそうな。
構想としては、赤道上にプラットフォームを建設し、材料にカーボン・ナノチューブ(炭素のチューブ状結晶体)を利用して軌道と地上を結び、5トンの重量を軌道上に投入する能力を持つというもの。
人類が本気で宇宙に出ようとするなら、軌道エレベータはいつかは建設する必要にせまられるものなので、是非とも実現してほしいところ。
ただ「宇宙に出て行くことによる経済投資効果」が確立しないと(要は「金になる」ってことさ)、とんでもない建造費が必要なので、実際には難しいのではないか。
ただ「卵が先かニワトリか」の問題で。
軌道エレベータができれば、現在よりもはるかに安価に大量の物資を軌道上に投入できるわけで。
そうなれば、
宇宙空間の利用が活発化→経済投資効果が望める→軌道エレベータ建造費用がチャラになる
ってそろばん勘定もできる。
とにかく「最初にとりあえず1つ」作るだけ、加速度的に宇宙開発が進むシロモノだから、作れるなら作っちまったほうがいいと思う。
他にもカーボン・ナノチューブの安定した大量生産体制の確立とか、超えるべきハードルは多いけど。意外に早く実現への道筋がついたな、ってのが正直なところ。
前世紀までは「自分が生きている間にはできっこない」と思ってたし。
死ぬまでにおがんでみたいね。
できれば、それで宇宙行ってみたい。
◆さてさて、仕事の方ですが。
昨日めでたく「〆切り」でした。
とりあえず、なんとか形にはしたものの・・・。
あ〜ダメだ!!
こんなクオリティのものしか作れない自分に自己嫌悪。
そりゃね、言い訳はいくらでもたちますよ。
他の業務と併行しながら、それ専門にやってる部署の仕事をやってたとか。
全くやったこともなく、事例も少なく、他社が現在行ってる業務の内容であるとか。
肝心な情報がほぼ無いに等しいとか。
色々。
でもね。
仕事ですから。
「要求」に対しての「成果」が全てであって、理由は関係なし。
「結果がすべて」の世界ですので。
自分じゃ「精一杯やったつもり」だろーが、関係ねぇんですわ。
「出来上がったのがこの程度かよ」ってことが全て。
もぅぅぅ・・・激しく自己嫌悪で凹みまくってます。今。
己の無能さを痛感というか。
ちょっと、もう公私ともどもグチャグチャ
◆で、帰りに駅地下の一杯飲み屋で飲んでクダ巻いて。
地下鉄降りたら、外は雨。
しかも駐輪場に停車してた自転車はパンクしているという罠。
おまけに傘もありませぬ。
都会では自殺する若者が増えちゃってますよ。
んで、雨に濡れながら、トボトボとパンクした自転車おして帰りましたとさ。
もう、どーでもいいですよ。ほんと。
桑田佳祐「ROCK AND ROLL HERO」はすげぇアルバムだ。
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「Windows MediaPlayer9」登場ってことで、関連するサイトやら情報を集めていて、ふっと「音楽のデジタル化」についてあれこれ思った事があったので、つらつらと書いておく。
今更ながらに「CCCD(コピーコントロールCD)」のこととか、著作権保護技術だとか、WinMXだとかについて書いてみる。
今のとこCDのMP3化にあたって「VBR/160Kbps」というのが俺の選んでるビットレートなんだけども(正確に言えば「MP3 BeatJam XX-treme」の「可変-最高品質」がこのビットレート)。
この音質だと「流して聴く」分には、USBサウンド+アンプ+スピーカの性能も相まって特に問題はない。
だけど、じっくりと「向かい合って聴く」と、明らかに元になったCDの音質との差が歴然と区別できる。
だからといって「悪い音」ではなく、「音質」というのはすべからく「音」と「聴く側」との向き合い方や、聴き方の場面で「十分/不十分」が変わってくるものだ。
俺が音楽CDをMP3化しているのは「CDを出す>再生する>取り出す>しまう」の手間が面倒で、BGM的に音楽を楽しみたい時のためにやってる。
だから実際、既にMP3化したアルバムでも「ちゃんと聴きたい」時にはCDを再生して聴いている。
CCCD(コピーコントロールCD)が出てきたけれど、あれのメーカー側の言い分はわからなくもない。
だけど、そもそも「WinMXでダウンロードしたもので十分」な程度の楽曲しか提供できないレコード会社側の問題が多分にあるとも思う。
そもそも今、日本で発売されているCDの値段は世界的にみても「高価」だ。
これは洋楽の直輸入盤と日本プレス盤の値段を見れば明らかで、1枚1000円近くもの開きがある。
そして音楽を一番聴いている若年層は「金が無い」。だから「WinMX」でダウンロードしてくるのかもしれない。
だけど、と思う。
自分が若く、今よりも比較にならないぐらい貧しかった頃、だけど今よりも自分はたくさんのCDを買い漁っていた。
メシ食う金を削ってでもCDを買っていたし、そうして買ったCDはその対価に見合うものだった。金が無いからCDを買わないんじゃない。
金をひねり出してでも買いたいと思うCDが減っているんじゃないか?
「音楽と向き合う」という事がどーいうことなのか、エラそうに言えるほどの音楽ファンではないかもしれないけれど、少なくとも「WinMXで落としてきたので十分」な音楽は、ようするに「向き合う価値もない」音楽なんだと思う。
そういう風に音楽を「大量消費物」的なレベルに堕しめたくせに、値段は相変わらず据え置きの世界最高価格で売り続けるレコード会社が「CDが売れないのは消費者のせいだ」的に導入したCCCDは納得できるはずがない。
少なくとも、今のところ「CCCD」を導入したCDで、俺が「買いたい」と思ったCDなど1枚として無いということだけは言っておこう。
いいものは、高くても売れる。
いい音楽はなんとしてでも聴きたい。
「No Music,No Life(音楽無しじゃ生きていけない)」ってのはそーいう事じゃなかろうか?
そもそも昔からCDのコピーなんか(音質はどうであれ)いくらだってできた。WinMXが登場する前から、テープなり、MDなりに音楽はばんばんコピーされていた。
それを今更、小手先の技術で防いだところで一体なんだというのだろうか?
先だってエイベックスは、CCCD導入後のCDの売り上げについて「導入前と同じで、特に消費者がCCCDを嫌ってCDを買わないという動きはなかった」と発表した。
これは裏を返せば「CCCDを入れたとこで、買うに値しないCDは相変わらず売れない」ってことを自分で証明したのに等しい。
ようするに「音」と「どう向き合い距離をとるか」という、そこに全ては集約していくんだと思う。
「向き合って聴く」という事は、一体どういう事なのかをここで説明はしない。
そんなもの、俺の中では「説明するまでもない事」だからだ。
だけどもし、「はぁ?それってどういうこと?」と実感がわかないという人がいたら、俺は本当にあなたは「かわいそうだなぁ」と思う。
あなたは本当の意味で「音楽」を「聴いて」いない。
いい音楽と、幸せな出会いをしていない。
かわいそうに。
あなたの人生には「BGM」や「カラオケ」はあるけれど、「音楽」は流れていない。
そんなあなたはWinMXでMP3を落として、カラオケで数ヶ月唄ったらもう忘却の彼方、って感じで「音」を「消費」してください。それがお似合いです。
でも、おめでとう。今はそうやって「消費」できる音楽が、いっぱいいっぱい、一生かかっても聴ききれないぐらいに市場にあふれかえっているから。きっとあなたは当分の間は退屈しないよ。よかったね。
でもそんな消費者側が悪いのか?
いやいや、違う。
「消費財」にしかならない、買うに値しない、デジタルコピーで十分な「流して聴く」のが関の山で「向かい合って聴く」気になれないものを、バカスカと垂れ流し続けるレコード会社が俺は一番悪いと思っている。
「いい音楽は、例えコピー自由にしてでも売れる」
これは真理だ。
WinMXでバカスカ落とされる、だけどCDは売れない。
そんな音楽など「その程度の音楽」なのであって、その程度の音楽で利益を上げようと思ってるレコード会社の考えが甘いだけだ。
今、デジタルオーディオの市場では「著作権保護」が最大の問題となっていて、各社がこれをどーするかで血眼になっている。
だけど俺は思う「そんなものいらない」と。
いいものは売れる、ダメなものはどこまでもデッドコピーされていく。
そういうものだ。
その程度の音楽で十分なリスナーと、その程度の音楽で利益をあげようとするレコード会社。
その構図でCCCDだ、著作権保護だと締め付けあいをしてるのなら勝手にどうぞ。
だけど頼むから、俺が「ちゃんと聴きたい」と思って、そしてちゃんと対価を支払い、大切に聴きたい「音楽」にまで、余計な枷をはめないでおくれ。
「音楽」はCDの原盤そのものじゃない、そこから溢れだしてくるものだ。俺はCDという物質に金を払っているんじゃなく、そこから溢れだしてくるものに金を払っているんだから。
だから溢れだし、流れ出す「音楽」に余計な「雑音(制約)」を入れないでくれ、って思う。
繰り返すけど、ようするに「音」と「どう向き合い距離をとるか」という、そこに全ては集約していくんだと思う。
まぁ、うまくまとまんないけど、とりあえずそんなことを思ったりした。
◆ヤベェ!スカパーは入れってことっスかっ!?
どーしよっかなぁ、我が家はCATV未踏の貧民街だしぃ。
っつーか、んな金無いけど(涙)
◆なんというかですね、カレー好きな自分としては「カレーライスの女」はどうか?と思うわけですよ。
というかですね、「裸エプロン」という男にとっては「帯グルグルあ〜れ〜!ぐふふよいではないかよいではないか」並に燃えるシチュエーションであるにもかかわらず、むしろ逆に静かに小さな怒りが湧き上がるわけですよ。
というかカレーライスをなめてんのか?と。
いいかげんにしろよ、つんく。と。
カレーライスなめてるやつは殺すぞ。と。
カレーライスに対するハヤシマスミ級の冒涜じゃねぇかよ。と。
まぁ、そのように思った次第。CM観てて。
◆なんつーかあれですね。
「自分のことで手一杯」って感じで、今の俺にはもはや他人を思いやるとかそういう余裕はこれっぽっちも残っていないということを発見した次第。
なんか、なんだろ・・・もう「いっぱいいっぱい」。
◆今日の本当にどうでもいい話・その1
あの「STEEL」とかいうデュオのVo.は一体どこの国の人間だ?
とりあえず公式Webを見ても正体不明。
まぁ、どうでもいいんだが。
◆どうでもいい話・その2
「アヤパン」(って実は関東ローカルなのか?この番組?)の高島彩が、あのSEGAをガタガタにした'80年代の残りカスでメシ食ってるデブ(秋元康)プロデュースで出したデビューシングル「着信のドレイ」は、どこをどう聴いても国武万里「ポケベルが鳴らなくて」の焼き直しにしか思えないんだが。
ちなみに気になってWebで調べてみたら、「ポケベルが鳴らなくて」も作詞は秋元康という、まったく笑えないオチ。
◆ちなみに国武万里って、誰?
と、曲は知ってたが歌ってる人はさっぱり知らなかった俺。
気になってGogleで検索してみると、オフィシャルページは今や「Not Found」
どうやら'93年に出した「ポケベルが〜」以降、鳴かず飛ばずでサッパリだった上に、2000年には某週刊誌でヌードになり、写真集も出たけど未だに在庫が大量にダブついていて、その後静かに人知れずフェイドアウトしていった模様。
なんつーかこう、闇に消えていく芸能人の末路というのを垣間見て、涙を禁じ得ません。
「夜もヒッパレ」でカラオケ歌ってる芸能人レベルになるだけでも凄い大変なことなんだなぁと、思わずにはいられませんでした。
※「共通テーマ」を見てたら、やっぱりというか「Cocco」があったのでリンクさせておく。
でもやっぱり、圧倒的に10代の女の子の日記が多い(というか「MEMORIZE」自体そうなんだけど)。なんか「おっさんが何抜かしてやがんだケッ!」とかいわれちゃったらどーしよう、とか思いつつリンクしとく(笑)
実は買ったっきり、何故か未開封で放置しておいたCoccoの4th/ラストアルバム「サングローズ」をやっと聴いた。
聴かなかった理由は色々あるんだけども、多分、すごく個人的な理由だから委細は省くけれども「とてもじゃないが聴いたら耐えられない」という予感と、それに対する防御反応のようなものかと。
で、聴いてなんというか「Cocco4部作・完結」という印象が。
まぁラストだから当然なんだけどさ。
いい機会だから、ちゃんとCoccoについて書いておこうかと思う。
実は自分、何故かものすごく好きなアーティストについてはちゃんと書くことができない。人生で一番インパクトのあった「THE BLUE HEARTS」に至ってはもう不可能じゃないか?とさえ思う。
とりあえず今から5、6年前にはじめてCoccoの「カウントダウン」を聴いた時、その鮮烈な歌詞と叫ぶような歌声、そして幕間に挿入されたストリングスの音。
それらが奏で、描き出す「情景」に戦慄した。
当時、なんつーか「痛い女なのよアタシ、アハ〜ン♪」という感じの歌がちょっと流行ってた(ように記憶してる)んで、この人もそういう路線かなぁ?とか少し思ったりした。
そうそう、いわゆる「ヴィジュアル系」が退廃的で耽美的な世界観を前面に押し出していて(今はもうそうではなくなったが)、そういう流れの傍流で出てきた奴かいな?と。
ちょっと、懐疑的だったのだ。
最初は。
んでも、その時に車に乗る仕事してて、そして「カウントダウン」はその月の「PICK UP」に選ばれていたので、とにかくカーラジオで何度も何度も聴くうちに、何か「ピン」とくるものがあった。
んでもって、ちょうど1st.の「ブーゲンビリア」がレンタル開始になったので借りて、ダビって聴いてみたわけだ。
んでもってこの瞬間、完全に「こりゃあマジですげぇ!!」と思った。
以前に別コーナーでCoccoの「クムイウタ」について書いた時も触れたけれども、「ブーゲンビリア」に俺は強烈な「女性」を感じた。
それも「女性」というものの、凶暴さ。
「月」が女性のイメージで語られ、同時にそれは「狂気(lunatic)」の別名であるように。そして、女性が月の満ち欠けにあわせ血を流す「性」であることを強烈に思い知らされるような衝撃的なアルバムだった。
そしてそこには、一聴しただけで「個人的な体験」に根ざした、あるがままの「疵(キズ)」が生々しく浮き彫りにされていた。
続く2枚目「クムイウタ」はしかし、その一枚目の方向性から明らかに変化が見てとれるアルバムだった。
凶暴な痛みと疵に彩られた(しかしだからこそカタルシスをもたらす)1枚目のその空気は残しつつ(おそらくそれはCoccoというアーティスト、あるいは個人にとって「消すことのできない傷跡」なんだろう)、ポジティブな「光」がさし、そして今度は違った形の「女性」−−それは今度は「優しさ」や「母性」といった形の−−を提示していた。
名曲「RAINING」を聴いて、俺は確信した。
「この人は、間違いなく『歌を歌うことでしか癒されない痛み』を抱え、そして誰のためでもなく、自分自身のために、自分自身が癒されるために、けれども血を流しながら歌を歌っている」
「RAINING」は、一見すると「ブーゲンビリア」の頃に顕著だった「痛い歌」のように感じるかもしれないが、そこで歌われる情景はある意味の「爽やかさ」を持っている。
自分の存在に惑い、ハサミで腕を切って流れる血を見つめる少女。
けれどもその先にあるのは、決してネガティブで後ろ向きな世界ではなかった。
むしろその対極にある世界だ。
空は晴れ、例えようもなく美しい。でも、だから途方に暮れる。
決してこの歌の中で「痛み」は癒しきれてはいない。
けれども、明らかになにか、どうにかして「進もう」としている意志に満ちている。
まだそこに、惑いはあるけれども。
その後、3枚目「ラプンツェル」発売直前、本屋で読んだ雑誌のインタビューでCoccoが語っていた言葉が、俺の考えは間違っていないんだなと実感させてくれた。
曰く
「私にとって歌うということは、排泄行為だ」と。
「ラプンツェル」から次第に、俺はCoccoの歌との間に距離を感じはじめていた。
なんというか前ほど「のめり込めない」のだ。
もちろんそれは多分、俺の方が変わっていったというのもあるし、それどころじゃなかったという事情もある。
でも同時にCocco自身も明らかに変わっていきつつあったのだと思う。
「闇」から「光」、「暗」から「明」、そんな明確で「わかりやすい」方向ではないし、「快方に向かっている」と言えばそうなんだろうけれども、決してそうはいいきれない。
でもまぁ、おおむね大体そんな「方向」へ。
「癒しきれないけれども、癒されていった」んだろう、自分自身が、自分自身を排泄(歌を歌う)することで。
そして4枚目「サングローズ」。
これと前後して活動休止を宣言し、そして最後のTV出演となった「ミュージック・ステーション」で歌い終わったCoccoが「笑顔でカメラに向かってピースサインをした」という話を聞いた時、俺は「ああ、やっぱりそうか」と思った。
終わったんだな、と。
結局、いまだにその映像を俺は見ていないけれども、多分すごくすごく晴れがましい清々しい笑顔だったんだろうと思う。
俗っぽい話をしてしまえば、Coccoの歌というのは精神的な悩みを抱えてカウンセリングを受ける患者の「独白」に近いものがある。
実際、精神的な病いや苦しみを抱える少女達に圧倒的な人気を誇っていた。
自分自身、今ではマシになったとはいえ精神的に病んでいた時期があったし、その時に聴いたCoccoの歌は「共感」とカタルシスの喜びを与えてくれる甘い蜜のようだった。
だけど、Coccoはその「共感」をウリにして、そこで展開していくようなアーティストではなかった。
世の中には「世界観」を構築して、そして自分自身と離れたところで「作品」としてそれを構築する人が多い。というか、プロのアーティストの大多数はそうだ。
そうでなければ「ヤクザ映画」を撮る監督はヤクザだし、「羊たちの沈黙」などのサイコホラーはキチガイにしか撮影できない。
けれども一方で「自分自身」というものを「作品」として表現し、あくまで「個人的」なものでしかないモノを「普遍的」なレベルにまで昇華させるアーティストも存在する。
その代表格がジョン・レノンなどだ。
そしてCoccoもそういう1人だったのではないか、と思う。
先にも書いたように、彼女が歌を歌うのは、リスナーのためでもなく、ましてCDを売るためでもなく、あくまで「自分自身のため」だったのだから。
自分自身を癒すための、歌。
俗な例えをまた持ち出せば、自己カウンセリング、自己快復のための歌。ある意味の「治療行為」。
そうである以上、彼女は変わっていかなければならなかった。
そうでなければ「治療」は完全な失敗なのだから。
風邪などの治療と違い、カウンセリングには明確な「終わり」は無い。
カウンセラーから見て「大丈夫」に見えても、患者側がそう思えなければ「終わり」にはならない。
カウンセリングで「終わり」を決めるのはあくまでも患者自身である。
そしてCoccoは、4枚目のアルバムをもって「終わり」にすることができたんだと。
歌うことでしか癒されない痛み、それはきっと、おそらく決して消えてなくなることはないだろう。
けれども「きっと、もう大丈夫」と。
ネットのCoccoのファンサイトなどを見ていると、「また活動再開をしてほしい」という声を多く見かける。
ファンとしてその気持ちは理解できる。
けれども俺は多分もう「復活」はないと思う。
もし仮にそれがあったとしても、その時には俺はきっとCoccoは聴かないだろう。
だってそれは「自分自身のために」、そして「終わり」とするために内面の疵をさらし、吐露し続けた「Cocco」という名で綴られた4枚のアルバムの軌跡を全て台無しにする行為だからだ。
そういう商業的な戦略をできるアーティストであるのならば、逆にCoccoの歌はここまでの凄味を持つことができたのか疑問だし、きっと1枚目のインパクトの後、溢れかえる商業主義的な音楽の波の中へ消えて、忘れ去られていったんじゃないかと思う。
今回「サングローズ」を聴く前に、何故か「ベスト+裏ベスト」は聴いていた。
これは純粋に「曲」という単位でCoccoに触れたい場合にはよくまとまったベストアルバムだったけれども、でも正直なところ、俺はなんだか「違和感」を感じた。
なにか、小説の長い「ダイジェスト版」を読んでいるような。
まとまってはいるけれども、物足りないような感覚。
俺にとってCoccoはやはり、「アルバム」という単位でしか語る事ができず、そしてその「軌跡」を見続けてきたアーティストだったんだなぁと思った。
「サングローズ」収録の「風花風葬」で、Coccoはついに自分で、自分自身を葬ったんだと、そう思った。
けれどそれはキッパリとして決然としたものではなく、不安と痛みと惑いに満ちている。
だけどこれでCoccoは「終わり」にしたのだと。
Coccoというアーティストに出会えてよかったなぁ、と思う。
彼女は自分自身を癒すために、自分自身のための歌を歌っていた。
けれどもその「歌」は、それ以外の人々をも癒してくれていたのだから。
●今日の仕事帰りに謎寄り道〜♪
おー、なんかワクワクしてきたぞぅ。
やったるでー!!
・・・と思いきや、なんだかんだでいきなり出鼻をくじかれ5月10日から。
あぅぅ、せっかく明日休みだったのにぃ(涙
って何のことかサッパリ?ですな。
まぁ終わったらまとめて書きます。
しばらくは「謎寄り道」ってことで。
●そういやTSUTAYAから借りてたビデオ。
半分しか観ないで、おまけに返却日月曜日で本日延滞5日目・・・あわわ(汗
これ書いたら返してきます。延滞料が・・・うぅぅ(涙
●今日のCD
「ワダツミの木」/元ちとせ
「Jupiter」/Bump of Chicken
「ダブル・ファンタジー」/ジョン・レノン
久々にまとめ買い。
くるりの新譜も興味そそったけど、それはまぁとりあえず小田和正の「自己ベスト」と一緒にレンタしてきて様子見ってことで。
そういやこないだ一括購入した蛍のCDも未聴だ。
明日はまとめてCD三昧といきませう。
聴きながら、小説も少し進むとよいかと思われ・・・こればっかは、やってみないとわからん(汗
今日は、イバがせっかく車あるんだしどっか行こうということで、さいたま市のスーパーアリーナにある「ジョン・レノンミュージアム」へ。
正直、別にレノンは好きだけども熱烈なファンというわけでもなく。
むしろ「愛と平和」なんて言ってる世間一般のイメージとかもあまり「なんだかなぁ」とか思っている俺としては「え〜っ!?」とちょっとイヤな顔してたのが事実で。
んでも絶好のドライブ日和なので、とりあえずドライブを楽しんでたんだけど。
行ってみて、実際にミュージアムを観てみて予想以上に面白かったので大満足。
レノン・ミュージアムは、ジョンの生い立ち〜ビートルズ時代を経て、その後の平和活動からソロ活動、そしてあの運命の1980年12月08日まで、ジョン・レノンという「1人のアーティスト」を表現した、1つのアート作品として全館が構成されていた。
「ビートルズの〜」とか「ロックンローラーの〜」といった、ある限られた範囲ではなく、それらをトータルし、そしてオノ・ヨーコというかけがえのないパートナーを得て死に至るまでの生涯を、彼の愛用した品や、様々な資料、そして彼の作った様々な曲とともに紹介する総合アート作品になっている。
つまり「ジョン・レノンにまつわる展示館」ではなく、「ジョン・レノン(という稀代のアーティスト)を表現したアート」として全体が1つに構成されているのだ。
このミュージアムの展示手法、構成にオノ・ヨーコがどこまで関わったのかを僕は知らないけれども。
「ジョン・レノン」というモティーフを、全館で1つのアート作品として提示してみせたこの構成力は素直にすごいなぁと思った。
ジョンがヨーコと初めて出会った時の、有名なエピソードである「Yes」のアートも、わかりやすい形で再現されている。
生い立ちにあわせ年代順に構成された各展示室をめぐっていくのだけども、最後の展示室の1つ手前。
ダコタハウスでの最後の(そしておそらくは最も幸福な)日々から、運命の「1980年12月08日」へと至る回廊がこのミュージアムのクライマックスだ。
白塗りの壁に、白く浮き彫りで壁に小さくつけられた「1980.12.08」の表示。
白く静かな廊下を抜けたその先にある、最終展示室への入口。
その入口を抜けた先に待っているのは・・・・・・。
こうきたか、と率直に思った。
やられたよ、ジョン。
行ったことない人のためにあえてそこに何があったかは書かない。
ただ、ジョン・レノンって別にそんなに知らないし、って人も、すっげぇカリスマ的に尊敬しちゃってる人も、それなりに楽しめるんじゃないかな?
正直、ここまでクオリティが高いミュージアムだとは思ってもいなかったので、嬉しい誤算というか。
やっぱりね、なにかしらインスパイアされるものがあったよ。
場所が場所だから、あまり今日は人もいなかったし。
でも、あまり人がごちゃごちゃしている中では観たくないなココは、って思った。
「私的(プライヴェート)な世界」を普遍性まで昇華させたのが、ジョン・レノンがアーティストとしての本当の凄さだから。
その世界を堪能するには、やっぱりこっちも私的に、一個人として向き合いたいし。混んでたらそれはできなかったろうし。
補記その1:
展示品の中で一番心惹かれたのは「LOVE」の作詞カード。
タイプライター打ちされた(展示されていた作詞ノートで、唯一これだけがタイピングされていた)原稿の上から、マジックでなぐり書きして訂正と、追加が入り完成稿となっていく過程。
最初の段階でこの歌がどのようなものだったのか。そして、どのように加筆訂正され、そしてあの歌へとなっていったのか。
その片鱗が見え、それはそれはとても興味深いものがあった。
ちなみに、「LOVE」は、ヨーコの影響で日本文化に強く興味を持ち始めたレノンが、俳句や短歌などの「定型詩」に魅せられ作り上げた曲。
俺がジョン・レノンの曲で一番好きな一曲。
補記その2:
ミュージアム併設のショップでは色々なグッズが売られている。
「WAR IS OVER(IF YOU WANT IT)」のロゴTとか。
でも、なんかそういうのは買う気にはなれず・・・・。
俺が欲しかったのは、ジョンが軽井沢で過ごしていた時のスナップ写真の中で着ていたTシャツ。
「WORKING CLASS HERO」とロゴ入りのもの。
あれ売ってれば買ったのになぁ。
補記その3:
とか思ってたら、ナイスなアイテムを発見。
「HOUSE HASBAND(主夫)」のワンポイントが入ったエプロン。
素敵!!(w
早速購入。帰ってきて、台所でこれつけて炊事しました。
楽しい〜♪
補記その4:
ミュージアム併設のカフェ。
こういうとこのカフェにしちゃ、随分としっかりとしていて。雰囲気はもとより、店員の躾とか、出すもの(俺はエスプレッソ、イバはロイヤルミルクティーを注文したが、美味かった)もしっかりしてるなぁ「そつがないね」と2人で感心してたのだが。
ここはジョンが定宿にしてた軽井沢万平ホテルに委託直営してる店なんだそうな。
納得。
っつーか、やるなぁ〜。