New Colors 最近買ったCDのコト ■■■■■■■■■■■■■■■■■■

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 ここでは、僕が最近買ったCDについて、雑文をば書いてみたいと思います。
 「最近買った」ってだけで、イコール新譜じゃないとこがミソ。
 わりと、ヘンな音楽嗜好してるので、流行モノばっかとは限りませんので、あしからず。


[L][MIN] ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ [MAX]

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SOUND TRACKS
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TITLE / ARTIST DATE
 ■ DISK 10 : No DISK
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 ■ DISK 09 : Now LOADING......
[--/--/--]
 ■ DISK 08 : 勝訴ストリップ / 椎名林檎
[2000/04/20]
 ■ DISK 07 : STANDING ON THE SHOULDER OF GIANTS / oasis
[2000/04/02]
 ■ DISK 06 : BEAUTIFUL MALADIES / TOM WAITS
[1999/11/28]
 ■ DISK 05 : バームクーヘン / ↑THE HIGH-LOWS↓
[1999/11/28]
 ■ DISK 04 : 無罪モラトリアム / 椎名林檎
[1999/11/28]
 ■ DISK 03 : VIRACOCHA / THEATER BROOK
[1999/02/28]
 ■ DISK 02 : HEARTLAND / 佐野元春 with HEARTLAND
[1999/01/03]
 ■ DISK 01 : [ さくら ] / Southern All Stars
[1998/11/07]

[R] [MIN] ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ [MAX]

 



DISK 08: 勝訴ストリップ / 椎名林檎

(TOCT-24321/\3,059)

収録曲

虚言症 浴室 弁解ドビュッシー ギブス 闇に降る雨 アイデンティティ 罪と罰ストイシズム 月に負け犬 サカナ 病床パブリック 本能 依存症

(全13曲)

[2000/04/20 wrote]

 常々「林檎ちゃん、ちょー可愛い!!彼女にしてぇーー!!」と絶叫してはばからない俺だが。
 ある日、ある人にこんなことを言われた

 「やっぱ『本能』のナース姿がいいんでしょ?」

 馬鹿野郎!!
 おめぇはなんにもわかってねぇーよ。

 そもそも俺が「椎名林檎、マジすげぇ!!」と思ったのは、「無罪モラトリアム」を職場の後輩にテープに落としてもらい聴いた時からであり、その時は金が無くってしばらくCDを買えず、初めてそのルックスを見たのは随分と後の事だったし。
 それになー、「本能」出る前から「ちょー彼女にしてぇ〜!!」とかゆってたし、大体にして俺はウチの母親が看護婦で、母親が当直ん時は若い看護婦さんに預けられ、更衣室で看護婦さんたちが着替えしてる横で、ボーッとTV観てて、看護婦寮で一緒に風呂とか入ってたんでナース姿なんかにゃ燃えんのだ!!(ナース服フェチの野郎どもめ、羨ましいだろ。ワッハッハ)
 むしろ、俺はブレザーでショートカットの女子高生がいっちゃん好……あれ、なんのハナシだっけ?

 とにかく、「本能」のビデオクリップのあのインパクトで、「コスプレ」歌手というか、色モノ的な批判も出ている椎名林檎だけれども、いっとくけれど彼女を単に外面というか、外見のインパクトで売れてるだけでしょとか思ってるヤツは、マジでなんにもわかっちゃいない。
 まぁ、俺も「ビジュアル系」って、もうあの外見だけで「マイナス30点」になっちゃう人だから、しょーがないけどさ。

 とまぁ、なんでこんな事をつらつら書き殴ってるかといえば、このアルバム「勝訴ストリップ」を聴いて俺は悟ったんだ。
 俺がこんなにも椎名林檎にハマる理由。

 椎名林檎の歌は、あまりにも生々しく、赤裸々だ。
 彼女の歌には「女」としての椎名林檎が、ありのまんまに出てくる。よく「女であることを武器にする」という言葉があるが、彼女の歌には全くそれがない。ただありのまんまに「女」。
 そしてそれが、男のエゴを強烈に刺激する。そしてあまりに強烈な生々しさは、聴き手に強烈な幻想を抱かせてしまう。

 それは、普段自分のコトは語りがらない女の子が、胸のウチに抱えていたものを自分にだけ吐き出して見せてくれた時の、あの感覚に極めて似ているかもしれない。
 男はそれに弱いのだ。「こいつ、俺に"本当の自分"を見せてくれた」的陶酔。
 ヤバい、これは相当にヤバい。
 だってそれは、確かに相手の言ってるコトは「本心」だろうとも、かなり危険な「幻想」なんだもの。言ってしまえば「オマエの勝手な勘違い」になっちゃうんだよ。「たしかにアレ言ったけど、だからってワタシそういうつもりじゃないのよ。勘違いしないでよ、バカ!!」的悲惨な状況を招く危険性「大」だ。

 そして椎名林檎の凄まじいのは、そういうコトを「作戦」としてやってるわけじゃなく、おそらくは本能的にやってのけてしまってることなんだと思う。
 それこそが、俺が椎名林檎を「もの凄い才能だ」と思う由縁であり、同時に「ちょー!彼女にしてぇー!!」とか叫ばせてしまうところなんだと。

 これだけの事ができてしまうアーティスというのは、実はそんなにいない。稀である。
 比い稀な言語感覚と、その「言葉」をより深化させるためには、ほとんど「手段を選ばない」ほどの音作りの多彩さ。
 それを持っているのが椎名林檎だと思う。

 当然、全く「計算」が無いわけではないと思う。「作戦」みたいなもののあるのだろうけれど、それをほとんど感じさせないところが「天才的」な才能だと思う。けれど、それは同時にかなり危険なことだと思う。
 あまりに生々しく、近しさを感じさせてしまうこと。そして絶対にそこには「触れそうで触ることなどはできない」という事のギャップ。
 生々しさが強烈で鮮烈であればあるほど、そのギャップの埋め難さからくる「もどかしさ」は危険を増す。

 そしてその事は、当の椎名林檎自身が、おそらく痛烈に感じているのではないだろうか?

 各方面のインタヴューで椎名林檎は「3枚目のアルバムで『椎名林檎』としての音楽活動は休止する」と明言してるし、どうやらそれはもう「決定事項」のようだ。
 彼女の強烈な才能に惚れている俺にとって、それはあまりに「痛い」宣告だけれども。しかし「力があり過ぎるがゆえに距離感を危険なまでに見失ってしまう」彼女の歌を聴いていると、それはある意味で不可避的な選択であるような気がしてならない。

 まぁいいや。なんかこれじゃ「椎名林檎論」で、このアルバムについて何も書いてないな。
 っていうか、書くべきことはただ1つ。

 とにかくこいつはスゲぇアルバムだから、四の五の言わずに聴け。

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DISK 07: STANDING ON THE SHOULDER OF GIANTS / oasis

(ESCA8118/\2,400)

収録曲

FUCKIN'IN THE BUSHES GO LET IT OUT! WHO FEELS LOVE? PUT YER MONEY WHERE YER MOUTH IS LITTLE JAMES GAS PANIC! WHERE DID IT ALL GO WRONG?SUNDAY MORNING CALL I CAN SEE A LIAR ROLL IT OVER
LET'S ALL MAKE BELIVE(日本版のみボーナストラック)

(全11曲)

[2000/04/02 wrote]

 オアシス待望の4枚目。そして「第2期オアシス」とでも言おうか、いや違うなそんなんじゃねぇや。とにかくオアシスが新しくまた「前へ進みはじめた」という決意表明アルバム。

 3枚目のセールスの不調、メンバー4人のうちギャラガー兄弟を残しての2人の脱退。オアシスは追い詰められていた。だけど彼らは見事にやってくれた。
 このアルバムには、混迷の闇を突き抜けて、しっかりと確実にサウンドを作り上げ、さらに前へ進んでいこうとする意志が明確にあらわれている。


 オアシスのサウンドとは、美しい明瞭なサウンドとコーラスが特徴だけれども。僕にとっての彼らの楽曲の魅力とは「見通しの悪い視界が一気にひらけ、全体を俯瞰できる」ような開放感にある。
 映像的に例えるなら

 薄曇りの街路でビルの谷間を見上げていた視点が一気に上方にパンし、次の瞬間には俯瞰視点で都市の上をなめる空撮視点に変化し飛び立っていく

 そんな感じ。

 強い意志の力で、視界が、そして世界が拡がる。
 そして遥か彼方を見つめ、そこへ跳んでいく。
 

 それが僕にとってのオアシスの「気持ちよさ」だ。
 そして今回のアルバムは、前作ではあまり感じられなかったその「気持ちよさ」がまた甦っている。

 前作までの彼らのサウンドは「俺は好きなようにやって成り上がってやるぜ」という、「オマエのその自信は一体どっからでてくんだよ?(笑)」ってアグレッシブさが心地よかったし、実際に彼らは1st.、2nd.のアルバムで歌で自らが唄ってみせているとおりのことを体現してしまった。
 まさに「有言実行」の代表例みたいなのがオアシスであり、それこそ彼らを90年代の伝説にしたパワーの源泉でもあった。

 しかし成り上がった後が本当は大変なのだ。頂点に君臨してそれで終わりではない。ましてロックンロールはその名の通り、頂点に上り詰めてもなお「転がり続けなければならない」のだから。
 「俺はやりてぇように〜」云々の「自信満々な成り上がり」的スタンスは、彼らがその頂点へと這い上がっていこうとする時には有効だ。けれど、頂上から先ではそんなもの全く無効になってしまう。

 「そんなにお山に登りたきゃまた登ってきやがれ」

  と、瞬く間に頂上から蹴り落とされるのがオチだ。

 実際、オアシスも蹴り落とされこそしなかったものの。頂上でバカ騒ぎに興じていたのかもしれない。転がる事を忘れ、バカ騒ぎし、そして危うく頂上から足を踏み外して転落したかもしれない。
 けれどノエルとリアムはそれに気がついた。すんでの所で。そしてしっかりと自分たちの「立ち位置」を確認し、また再び、今度は全く以前と違うスタンスで転がりはじめた。

 それがこのアルバムを聴いた僕の「印象」だ。

 ラストナンバー(11曲目は日本版のボーナストラックなので)である「ROLL IT OVER」はまさに彼らの決意に満ちた傑作だ。

 バリケードを築くための言い訳なら一億でも言えるし
 俺が伝えようとしたことだって 「季節が変わったんだ」ってことにしてさ

 それでウマくやってけるかな?
 そんなんでウマくやってけるワケないさ

 俺の魂を揺さぶっていけ 俺はここに残る
 俺の魂を揺さぶっていけ 俺はここに残るぜ

 周りのプラスチック人間を見てみろよ すっかり魂を失くして生きている
 俺のテーブルに座ってみろよ でも椅子なんか運ばれちゃこないぜ

 俺の魂を揺さぶっていけ 俺はここに残る
 俺の魂を揺さぶっていけ 俺はここに残るんだ
  (「ROLL IT OVER」より:俺の意訳)

 アルバムタイトルである「STANDING ON THE SHOULDER OF GIANTS」(巨人達の肩の上に立ち)は、まさに彼らの今のスタンス、「立ち位置」を表わしている。自らがもはや成り上がりのロックバンドではなく、偉大なるロックンロールの系譜の上に立ち、転がり続けていかなければならない事を、オアシスは自覚したのだ。

 これからも、どこまでも転がっていけ。
 そしてまた遥か彼方までの景色を見せてくれ。

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DISK 06: BEAUTIFUL MALADIES / TOM WAITS

(PHCR-1867/ \2,548)

収録曲

HANG ON ST.CHRISTOPHER TEMPTATION CLAP HANDS THE BLACK RIDER UNDERGROUND JOCKEY FULL OF BOURBON EARTH DIED SCREAMING INNOCENT WHEN YOU DREAM(78) STRAIGHT TO THE TOP FRANK'S WILD YEARS SINGAPORE SHORE LEAVE JOHNSBURG, ILLINOIS WAY DOWN IN THE HOLE STRANGE WEATHER(Live) COLD,COLD GROUND(Live) NOVEMBER DOWNTOWN TRAIN 16 SHELLS FROM A THIRTY-OUGHT SIX JESUS GONNA BE HERE GOOD OLD WORLD(WALTZ) I DON'T WANNA GROW UP TIME

(全23曲)

[ 99/11/28 wrote]

 例えば、不毛な仕事に疲れ果てクタクタになった日。

 言葉も無く部屋に帰る。冷え切った暗い部屋の照明を灯す。郵便受けにはダイレクトメールと請求書だけ。留守番電話のボタンを押す、「メッセ−ジはありません」の合成音。
 エアコンディショナーのスイッチを入れる。カラカラでカビ臭い匂いの温風が、無遠慮に頬を撫でる。
 腹は減ってるが、とりあえず何もする気力が無い。
 食事の用意なんか無い。弁当を買いにコンビニへ行く気力もなければ、とにかく何もしたくない。

 疲れた。

 グラスに無造作にロックアイスを放り込み、そこにバーボンウィスキーを注ぐ。
 グラスを抱えて固い椅子に座り、背伸びをして天を仰ぎ見て、目をつむる。一日中酷使した眼球が、ヒリヒリと痛んでいて部屋の照明がまぶしく感じる。瞼の裏に青白い光がチカチカと明滅している。
 閉じたままの瞼の上に、グラスをそっとのせる。汗をかいた冷えたグラスの感触が張り詰めていた糸をほぐし、一瞬の安らぎが眼球から足のつま先へと波のように通り抜けていく。

 照明を消し、安っぽいデスクスタンドの蛍光燈だけに灯りを絞る。
 グラスに注いだバーボンを一口。舌の先がピリリと痺れ、喉に熱。

 疲れた。

 グラスを置いて、タバコに火をつける。薄暗い部屋の中で、途方もない疲労感と脱力感に取り憑かれながら考える。
 ぼんやりと。色々な事を。
 例えば昔の事、楽しかった事、友の事。そして今はもういない女の事を。
 そして孤独がゆっくりと、確実に俺の中に染み込んでくる……

 

 ……プッ(笑)

 まぁいきなり柄にも無い書き出しですが、トム・ウェイツの曲を聴きたくなるのは、まさにこんな時。
 都会の夜にじっとりとたちこめる「孤独」という名の深い霧。
 その寒さに凍えそうになる時、酒とタバコ、そして彼の曲がゆっくりと心を慰めてくれるような。

 もしくは……

 

 孤独でたまらずに1人ぶらりと入った場末のバー。奥の安っぽいステージには調律があってるのか定かではない、ヤニで汚れた安物のピアノが1台。
 カウンターでぼんやりとグラスを傾けていると、埃が舞い踊るスポットに照らされ、1人の酔いどれがグラスをピアノの上に置き、鍵盤を叩きはじめる。
 ポロン…ポロロン。
 やがて彼はグラスの中をくいっとあおると、やおら鍵盤を叩きながらしゃがれたダミ声で歌い始める。
 喧騒と紫煙に包まれたバーの中に、静寂が訪れ。誰もがその酔いどれの歌に耳を傾ける……。

 

 ……とまぁ、こんなムードなわけ。

 この「BEAUTIFUL MALADIES」は現在2枚あるウェイツのベスト版のうち83年〜93年の近作が中心に集められたベストで、僕はあまり詳しくはないのだけれども、初期からのウェイツファンにはあまり評判が良くないらしい。
 それが何故なのかはわからないが、確かにこのアルバムに収められている曲、結構実験的というか「ヘン」なものもあったりする。
 でも僕はこのアルバムが好きだ。そんな「ヘン」な感じがいかにも「酔いどれ」という感じがして、酔っぱらいの支離滅裂さ加減に通じる部分があるからかも知れない。

 ダミ声の酔いどれ天使の唄声を聴きながら、薄暗くした部屋で1人グラスを傾ける。
 それで僕の孤独は癒されないけれど、でも彼の歌が束の間慰めてくれる。
 1人で酔いたい夜のおつまみに、このアルバムをぜひどうぞ。

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DISK 05: バームクーヘン / ↑THE HIGH-LOWS↓

(KTCR-1640/ \3,059)

収録曲

罪と罰 チェンジングマン 二匹のマシンガン モンシロチョウ ハスキー(欲望という名の戦車) ダセー 見送り 死人 彼女はパンク ガンスリンガー 21世紀のフランケンシュタイン ガタガタゴー 笑ってあげる バームクーヘン

(全14曲)

[ 99/11/28 wrote]

 日本の偉大なるロックンロールバカ(笑)、↑THE HIGH-LOWS↓(以下ハイロウズ)待望の4枚目のアルバム。

 メッセージ性よりも、ロックンロールの快楽原則を最優先にしたそのサウンドは、もうひたすらに「気持ちいい」の一言。
 相変らず甲本ヒロトがぶっ飛んでて、1曲目の「罪と罰」からズカッ!と弾けてる。

 誰かに疑われる前に 洗いざらいブチまけてやる
 罪ならば全部認めるが 罰を受けてるヒマはないぜ
 有罪! 有罪! 有罪! 重罪!
 (「罪と罰」より)

 このもうムチャクチャな、ひたすらに前へ前へとブチ抜けて行くパワーこそロックンロールの真骨頂だよね。やっぱ。
 このアルバム、とにかくそういう「うりゃぁ!!」と何かをブチ破ってひたすら突き進む疾走感に溢れまくってる。
 聴いてて笑いがとまらない。
 「こいつら、ほんまもののロックバカだ(笑)」

 ハイロウズのサウンドを聴く時の僕は、大体立って聴いてる。
 立って、腕をブンブンふりまわし、足をドタドタ踏み鳴らし、頭をガツンガツンと揺らせて、口なんか半開きで「うわぁぁぁ!」と曲と一緒になって叫びながら、ひとところに落ち着かずに気が狂ったみたいにして聴いている。
 はっきしいって、他人が見たら「気でも触れたのか?」と思わずにはいられないだろう。

 そう、その通り。
 ハイロウズに限らず、最上のロックンロールは聴いている人間をトリップさせてくれる。
 すっ裸の、人目も体裁も格好も無視したプリミティブ(原初的)な状態に、僕はすっ跳んで行く。

 ハイロウズのレヴューを今までキチンと書かなかったのには理由がある。
 それは「書くよりも聴け」ってことだ。

 歌詞、サウンド、そして「ロックンロール中毒で跳んじゃってる」甲本ヒロトのステージアクト。それらが突きつけてくる言葉以前のレベルでの「気持ちのよさ」。
 それを言葉に置き換えるのは僕の筆力では至難のワザだ。
 強いて言うなら

 「最高に具合のイイ女とセックスしてイった時の気持ち良さ」

 そんなカンジ?いや、マジで。
 (確実にこれで俺の品位に対する評価は落ちたね(笑))

 でもだからといって、ハイロウズのサウンドは決して露悪的なものでもないし、かといってお行儀のよい「いいコちゃん」でも無い。
 気持ちがいいぐらいに「素直」だ。
 だからストンと、何の抵抗も無く胸をうつ。心の中にストレートにするりと入ってきて、そして胸の奥の方でウズウズしていた衝動だとか、欲望だとか、誰もが抱えているそういったものに届いてくる。

 この「バームクーヘン」も、そんなカンジでガーーーッ!と盛り上がった心が、最後のアルバムのタイトル曲でこうしんみりと「いいねぇ……」とくる。

 鳥は飛べる形 空を飛べる形
 僕らは空を飛べない形 ダラダラ歩く形

 ダビンチのひらめきと ライト兄弟の勇気で
 僕らは空を飛ばないかわり 月にロケットを飛ばす

 たとえでっち上げたような夢も 口からでまかせでもいい
 現実に変えていく 僕らはそんな形
 (「バームクーヘン」より)

 なんのてらいも無くこういう素直な歌を唄って、それで本当に素直に心に沁み込んでくる歌を作れる人って、実はそんなにいない。
 だからハイロウズは凄いのだ。
 歌詞だけ書いたってしょうがない、とにかく聴け。

  そして跳んじゃえ。

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DISK 04: 無罪モラトリアム / 椎名林檎

(TOCT-24065/ \3,059)

収録曲

正しい街 歌舞伎町の女王 丸の内サディスティック 幸福論(悦楽編) 茜さす 帰路照らせど…… シドと白昼夢 積木遊び ここでキスして。 同じ夜 警告 モルヒネ

(全11曲)

[ 99/11/28 wrote]

 自称、新宿系自作自演歌手業の椎名林檎。
 最初それを聞いたときは「何が新宿系じゃい!?」と思った。「俺ってクール?」みたいなええカッコつけ的態度がムカついてしょうがない「渋谷系」への生理的嫌悪/反発感から、「新宿系」なるいかにもな派生っぽい単語に、正直顔をしかめたものだった。

 んが、その歌を何気に視聴して、目から鱗が落ちた。

 僕が抱く「新宿」およびそれから連想され、喚起されるイメージ=「新宿とそれを中心にした一連のシステム(系)」を歌として切り取ったもの。
 なるほど、こりゃあたしかに「新宿系」だ!!
 と、膝を思わずパチンと叩いちゃったよ。なるほどなー。

 そんなわけで椎名林檎は「新宿系」である。
 渋谷のバカ造どもが好き好んで聴いてるから「渋谷系」なのとは、同じ「〜系」でもワケが違う。
 彼女の歌は、実に見事に「新宿」という街、というかあの日本の中でも有数の「異空間」たる新宿の匂い、空気を若い(そして相当にアナーキーな)少女の感性というフィルタを通して再現している。

 新宿論を語れる程、僕は新宿に精通はしていないけれど、渋谷が嫌らしいまでに「若者文化」という虚飾にあふれた、華美で骨抜きな街であるのに対して、新宿には常にどこかしら「垢抜けなさ」、人間の営みのウェットな部分が発する匂いが漂っている街だと思う。
 良くも悪くもやけに「人間くさい」のだ。渋谷には無いなんとも言えない「生々しさ」のある街、それが新宿であり、そして僕がこの街を好きな理由でもある。

 女性R&Bが大流行の昨今にあって、椎名林檎の歌はそんな「生々しさ」と常に隣り合わせにある。そしてそんな中で、一見出鱈目に見え、アナーキーでもある「生々しい」少女の生き様みたいなモンを僕は感じとってしまう。

 女の子なんてもんは、アナーキーな生き物だと僕は思う。
 わがままだし、若さと勢いあり余ってるし、コワイもの知らずで無鉄砲で、強烈な欲望とその達成のためならヒドい残酷なことでも平気でやってケロッとしてて。そのくせ繊細でナイーヴな感受性と、僕には真似できないほどの頑なさと一途な心。
 アンバランスな要素をごった煮のまんま、一々理屈つけずにブワーッと吹き出して、そのまんまで生きている。
 そんな生き方って「アナーキー」じゃない?

 でも同時に、そんな風な女の子はとってもチャーミングだと、僕は思う。

 「新宿」という街の持つ「生々しさ」と、「女の子」の「生々しい」生き様。
 それらがうまい具合に一つになって、で、椎名林檎の歌になってるような気がする。
 「新宿」に感じる魅力と、僕が「女の子」に感じる魅力が一緒くたになっている。

 だから、もう初めて聴いて即、俺はハマりましたとも。
 なんて可愛いんだろ、このアルバムってば!!

 そんなわけで、「新宿」という街が好きで、かつ「シド&ナンシー」のナンシーみたいな女の子を魅力的って思うアナタ。このアルバム、おすすめ。

 特に1曲目の「正しい街」すべての地方出身者必聴の名曲。
 この1曲目で、もう俺は椎名林檎の才能に本気で惚れました。
 スゴイよこのコ、マジで。

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DISK 03: VIRACOCHA / THEATRE BROOK

(ESCB 1928/ \3,059)

収録曲

聖なる巨人 ノックしつづける男 まぶたの裏に 涙の海 SOUL DIVER 約束の虹 瞳孔は開かないか ぜんまいのきしむ音 SOUL PENETRATOR 直射日光 HALLELUJAH そこにある受話器

(全12曲)

[ 99/02/28 wrote]

 THEATRE BROOK(以下「シアブル」)は、多分知らない人は本当に知らないバンドだと思う。
 決して当人達がマイナー指向なわけではないし、去年あたりはもっとメジャーなメディアの場に露出してくると思っていたから(実際、一昨年のX'masライブではそんなこと当人達が言ってたし)、今年こそはとファンとしては願わずにいられない。

  そんなシアブル3枚目のフルアルバム。実に1年ちょいぶりで、まぁ普通、まともに考えればこれぐらいのペースアルバムを出すこと自体は(洋楽のアーティストがそうであるように)珍しくもなんともないのだけど、季節商品、いや、月間商品の量産体制アーティストがちやほやされる日本歌謡界だから、そんなとこでメジャーに露出できないのかもね。

 さてシアブル待望の3枚目は、それまでの2枚がどちらかと言えば全編ポジティブでアグレッシブな、外へ、前へと突き進んでいく雰囲気だったのに対して、自らの内側を見つめる非常に内省的なアルバムになっている。
 前2作については、そのうち取り上げる予定だけども。今までのとにかく前向きというか、ポジティブというか、僕はひとまとめに「外攻的」と言いたいのだけど。そんなシアブルを期待していた向きには、ちょっと意外かもしれない。

 前向きに、時には攻撃的で挑発的なまでにポジティブに前に突き進むというスタンスをとるには、2つの方法がある。

 1つはまったく、自らをも省みずに突き進むこと。
 これはいわゆる「無鉄砲」と言うやつで、調子が良い時にはそれで構わないが、増長した揚げ句なにか障害に突き当たると、いともた易く駄目になってしまう。
 ようは「調子に乗ってると痛い目にあう」ってヤツだ。

 真に前向きに突き進むには、自分自信を信じなければいけない。それは逆を言えば、常に自分自身を疑ってかかることでもある。自己への問かけ、自己への反省。
 表面的には同じように見えても、無鉄砲な人間と、本当に前に力強く突き抜けていく事のできる人間との最大の違いがここにある。

 ただ前に進むだけの 臆病者はこのオレだ 見ることのできたのは真正面だけ ゴキゲンや
 となりに誰がいるのかも気付かなかった ぜんまいのきしむ音に気付かないのか
 (「ぜんまいのきしむ音」より)

 だがしかし、内省に陥って停滞することと、その上で「外攻的」に前に進んでいける人との違いはどこにあるのか?

 自らの内側を見つめること、それは真摯であればあるほど、必ず何かしらの痛みを伴う作業だ。
 だからそれはとても落ち込むし、傷つきもして、とにかく「重い」作業だ。
 でもどんなに嫌なヤツにだって、1つぐらいイイ所があるように、自分自身の中にだって、自分自身だけにしかない素晴らしい領域があることに気がつくはずだ。
 自分の内側を省みるということは、自分自身の中にあるそういう部分に気がつけば、それが前に進むための自信になる。
 自己嫌悪は自分をネガティブにしか捉えられないこと。
 そして自己批判とは自分のネガティブな面と、そしてポジティブな面をしっかりと見分けること。

 だからそのために、自らの内側を見つめる。痛みも受け止めて、その上で自分を肯定するために、自分の魂の奥底へと深く深く潜っていく。
 このアルバムからの最初のシングルカット曲「SOUL DIVER」はまさにそんな曲だ。
 全12曲の中でもっとも明るいトーンに彩られたこの曲を真ん中に配し、そして「顔」と(シングルカット)した所に、シアブルがこのアルバムに込めた力強い意図が読み取れる。

 決してトーンダウンでも、打ちのめされたわけでもなく、内省的なトーンで貫かれてるがゆえに、逆説的にこのアルバムを聴き終わった時、前向きに進んでいく力強さを感じることができる。
 アルバムを締めくくる最後の曲「そこにある受話器」はこう結んでいる。

 もう電話なんかかけてくるなよ  残ったものを残そう 残るものは生まれてくるよ
     (中略)
 そこにある幸せをもって あなたの残すものが生まれてくるために
 (「そこにある受話器」より)

 前に向かってすすむためには、時に自らの内側を省みなければならない。
 その大切さを、このアルバムは教えてくれる。

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DISK 02: HEARTLAND / 佐野元春 with HEARTLAND

(ESCB 1131/ \3,000)

収録曲

アンジェリーナ 冒険者たち 君を探している ハートビート コンプリケーション・シェイクダウン ニューエイジ 君を汚したのは誰 インディビジュアリスト 勝手にしなよ 奇妙な日々 プリーズ・ドント・テル・ミー・ア・ライ 99ブルース ロックンロール・ナイト サムデイ ガラスのジェネレーション

(全15曲)

[ 99/01/30 wrote]

 佐野元春は、僕にとっては守備範囲外のアーティストだったし、今後もそうだと思う。僕は熱心な彼のリスナーではないし、だから当然、代表的な曲の幾つかを知っているだけにしか過ぎない。
 と、熱烈な彼のリスナーの人向けの「言い訳」をまず最初にしておく(笑)

 そんな言い訳が必要なぐらい、ある年代層には彼の熱烈なファンが数多く存在している。
 その年代層とは、一番精神的にナイーヴな季節を、あの'80年代に過ごした人達。そして僕はその年代層のちょうど最後尾ぐらいの位置にいる。
 このアルバムは、そんな佐野元春と彼のバックバンドHEARTLANDの、初のライブ・アルバムとして発売されたものだ。

 そもそも、一体なんだって僕はこのアルバムを買ったのか、いまだにその理由がよくわからない。
 ただ一つ覚えているのは、このアルバムを買った中古CD屋に向かう途中、自転車を漕ぎながら「サムデイ」を鼻歌で唄っていたことぐらいだろうか?
  でもそれなら、何もライブ・アルバムではなく、キチンとしたスタジオ・テイクの入ったアルバムでも買えばよさそうなものなのに。
 でも結論として、僕はこのアルバムを買ったことを後悔なんかしていないし、むしろ意外な収穫だったことに感謝さえしている。

 そもそも僕にとって佐野元春が「守備範囲外」になってしまったのは、彼が絶大な影響力を発揮していた'80年代半ば、ちょうど僕が中学生ぐらいの頃だ、に当時の日本ロック御三家(とここでは、不正確であることを承知で勝手に定義しておく(笑))であったサザン、浜田省吾と佐野元春を比較した時、なんだか彼に対して「ナンパ」なイメージを抱いてしまったことにある。
 もちろん、それはとんでもない誤解であることは、その後、意識的に音楽を聴くようになってからすぐにわかってはいたのだけれども、「思い込み」というやつは実に厄介で、その最初の刷り込みが何となく彼の音楽に対しては積極的になれない理由になっていた。

 まぁ、なんで「ナンパ」なんて思ったかと言えば、やたらと歌詞の中を飛び交う横文字に短絡的に「薄っぺらさ」を感じたとか、いわゆる「'80年代文化」の随所に彼の曲名や歌詞からの引用が散りばめられていたこととか、色々だけれども。
 一番の理由は、なんかやっぱ御三家の中で一番ルックスが良かったせいか、女の子にウケてたのが大きいと思う(笑)
  それも当時中学生だったから、周りは当然「光GENJI」とか「チェッカーズ」にキャーキャー言ってるんだけど、そんな中で「ちょっとワタシは一味違うわヨ!」って雰囲気のコに限って、元春を聴いてたような気がする
 もちろん「そんな気がする」だけだったのだけども、当時の僕には理由としてはそれで充分だった(笑)

 ともあれ、このライブ・アルバムはそんな僕の中に残っていた佐野元春=ナンパの図式を払拭してくれた。
 それだけでも大きな収穫だったし、買ってよかったと思っている。

 「思い込み」ついでに、僕はずっと佐野元春はどちらかと言えば「スタジオミュージシャン」寄りのスタンスだと思っていたのだけれども、全然そんなことはなかった。
 だってライブで演奏する彼の歌声は、本当に最高にカッコ良かったんだから。
 

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DISK 01: [さくら] / Southern All Stars

(VICL-60300/ \3,000)

収録曲

NO-NO-YEAH/GO-GO-YEAH YARLEN SHUFFLE 〜子羊達へのレクイエム〜 マイ フェラ レディ LOVE AFFAIR 〜秘密のデート〜 爆笑アイランド BLUE HEAVEN CRY 哀 CRY 唐人物語(ラシャメンのうた) 湘南SEPTEMBER PARADISE 私の世紀末カルテ SAUDADE 〜真冬の蜃気楼〜 GIMME SOME LOVIN' 〜生命果てるまで〜 SEA SIDE WOMAN BLUES (The Return of) 01 MESSENGER 〜電子狂の詩〜 素敵な夢を叶えましょう

(全16曲)

[ 98/11/07 wrote]

 サザンオールスターズの2年半ぶりのアルバムにして、今までのペースからいくと、おそらく20世紀最後(?)のアルバム。なおかつ活動25周年記念と、まぁなんやかんやと枕詞の多いアルバム。
  もちろん、そんなお題目はどうでもいいわけだけど、まぁそれを頭の中に入れておいてほしい。

 今回はシングルカットされた曲が、非常に多くて「01 MESSENGER」「BLUE HEAVEN」「LOVE AFFAIR」「PARADISE」「CRY 哀 CRY」、さらにビートたけしが「世界の北野、足立区のたけし」で唄ってる「SEA SIDE WOMAN BLUES」も含めるとかなりの数。にもかかわらず、今回はそもそもシングルカットされた曲が、正直言ってそれほどヒットしなかったためか、最初に聴いた感想は「なんかもの足りないし、音が古臭ぇなぁ」だった。

 んが、それはとんでもない間違いだったと、何度も何度も繰り返し聴いているうちにわかった。
 アルバムには2種類あって、パッと聴いて楽しめるシングルカットてんこもりの構成のものと、そしてじっくり何度も繰り返して聴くことで、しみじみと染み込んでくるもの。もちろんこのアルバムは後者。

 '80年代にサザンが出した彼ら唯一の2枚組アルバム「Kamakura」は、今になってわかることだけど「'80年代ポップス文化へのサザン的集大成」とも言えるアルバムだった。
  一方、この「さくら」はそれをさらに拡げ、「戦後日本歌謡曲へのサザン的集大成」とも言える構成になっているんだなぁ、と気がつく。「昭和歌謡曲大全集」(C)村上龍なワケだ。
 それがなんとなく「音が古臭いなぁ」と、初めて聴いた時に僕が思った理由なんだと思う。

 「今までの総括、もしくは節目」という意図は、実際にこのアルバム発売に先立って、サザン初のベストヒット集(それまでのサザンのベスト版は、ヒット曲以外の方が多く、とてもじゃないが「入門編」向けとは言いがたかった)「海のYeah!」が発売されたことなんかからも読み取れる。

 そして「今までの総決算」を縦糸に、横糸として「わけがわかんなくなった'90年代」という時代性を込めて織り上げられたのがこのアルバム、というのが今の段階での僕のこのアルバムへの感想。

 で、個々の曲について。

  こうやってアルバムに織り上げられて気がついたのだけども「BLUE HEAVEN」「PARADISE」って、どっちも同じ「天国」ってテーマなんだけども、「BLUE HEAVEN」はまぁようするに「ラブ・バラード」なんだけど、「PARADIES」って実はこれ「核と日本」ってメチャ重いテーマが隠された曲なのねん。
 いやはや、「ハッピーマニア」で稲森いずみがクネクネ踊ってるもんだから、すっかりダマされてたよ、俺。

 あとはやっぱ「マイ フェラ レディ」「爆笑アイランド」。やっぱね、こういう「ドスケベ曲」と「世相批判のおちゃらけ曲」ってのは桑田佳祐の十八番ッスよ(笑)
 「マイ フェラ〜」は、歌詞だけ読んだら「なんじゃこりゃ!?」と赤面しちゃうぐらいエロエロなのに、歌つけるとしっかりシャンソンにしか聞こえないっていう、相変わらずの「日本語の音を逆手に取ったごまかし」っぷりが見事。

 「私の世紀末カルテ」痛い……イテテテッ。
  何がどう痛いかは、曲聞けばわかる。ていうか書きたくない、痛いから。ていうかこんなの聴いて痛がってる場合じゃないっつーの。俺のバカ。

  同じく「BLUE HEAVEN」も、俺には痛いんっすよ、えぇ……
  「愛した女性(ひと)は 翼の折れたエンジェル 夢見るたび切ない気分」
 
ってとこで、もう、こう…イテテテテッ(泣) 。

 だから、そんなんで痛がってる場合じゃないってば。

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